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311以来
東北太平洋沖地震発生より約3週間経過。地震、台風、火山の噴火など、日本は今までも何度も自然災害にみまわれ、防災や支援のノウハウもそれなりに蓄積してきたはずなのに、それを一蹴してしまうほどの大規模災害。被災していない自分に何ができるのだろうと悩み、己の無力さに落ち込み・・・被災地の方々、殊に子どもたちの健気な言葉や姿に、逆に元気づけられている始末。「おいおい、これじゃ逆じゃんか・・・」とトホホな状態。気ばかり急き、身動きとれないことに苛立つ日々の中、俳優の中井貴一氏の言葉にハッとさせられました。

被害に遭ってない人たちに「あなたたちも災害を受けたと同じように考えてもらいたい」と伝えたい。
「出発してから家に帰るまでが遠足」というように、彼らが元の街で生活できるようになるまでが支援。それを考えると、一番何が大切かというと、国家の体力をつけることが絶対的な条件だと思う。

被災者の生活を整わせるためには募金では賄えないほどの費用が必要。国家というものが全体として彼らをヘルプしない限り成立しない。では、成立させるためには何が必要か、それは「納税」をすること。そのためには災害を受けていない人たちが一生懸命働くこと。それが彼らを救う大前提になると思う。

自粛をするという意味をみんなが間違えて捉えてしまうと日本の国家の力が落ちるだけ。プロ野球選手が「野球をどうするか」という話をしていた。確かに電力がない中でナイターをやることはないと思うけど、彼らが「野球をやるということがプロ」であるのなら、それを楽しみにしている人たちにはショーとして見せ、産業を成立させるべき。

俺らが今後やらなければならないことは、「目は未来に、心は東北に向ける」ということ。災害に遭っていない人間たちは、既に未来を見て、彼らの未来を見ていなければいけない。「災害があったことを忘れない」ことがすごく大切であり、そこを忘れてはしゃぐことが「自粛していない」ということ。俺らが日常生活をきちっとおくって、たとえば、停電をするっていえば、その時間内に今までの2倍働こうっていう意識を持つだけで変わっていくと思う。

人間の物の考え方って、表裏が一体になっていて、「○○させられているんだ」と思うのと「いや、違う、これは自分のためにしているんだ」と思うだけで身に付き方が違う。「停電をさせられている」ではなく「救うために(停電を)しているんだ」と思っただけで、電気を消すことが、不自由をすることが、不自由ではなくなる、という価値観を持つことがすごく大事になってくる気がする。でも、外には買い物に行って、いつも行くレストランには食事に行って、「頑張ってくださいね、頑張りましょうね」ということが大事なような気がする。



〜3/23 BSフジ「小山薫堂・東京会議 特別編 kizuna311会議」より〜 
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